運命ってなんだろうね? (2000年7月31日 第36号)

親愛なる君へ

運命を信じてるかい?
って言うかさ、
そもそも
運命ってなんだろうね?

今まで僕が思う解釈には
二通りあったんだ。
一つは
「私の人生は運命で決まっている。
 だから下手に何をしても変わらない。
 焦らず落ち込まずに生きるんだ」
という考え方。
もう一つは
「運命とは自分で切り開くものだ」
という考え方。

で、最近の解釈はこれ。
「運命とは道筋と結果だ。
 どの道筋を選び
 どの結果になるかは自分次第だ。
 ゆえに未来の運命は自分次第なのだ」

例えば
「君は東京に住んでいる。
 恋人に会うために大阪に行く」
というスタートとゴールがあるとする。
これはこんな風に置き換えられる。
「君は生まれました。
 人生目標は『生まれて来て良かった』
 と思って死ぬことです」

東京から大阪へ向かうルートは様々ある。
飛行機、新幹線、車、歩く、泳ぐ。
まっすぐ行く方法もあれば
ハワイに寄り道する方法もある。
途中でお土産を買うことも出来る。
選んだ道によっては
事故に巻き込まれるかもしれない。
大金を拾うかもしれない。
辿り着けずに死ぬかもしれない。

生まれて来て良かったと思うにも
色々な人生が歩めると思う

「運命」という文字。
「運の命」と解釈するか
「命の運転」と解釈するか。
全てはここで別れるんだ。

僕は「命の運転」と解釈したい。

ある話を聞いた。
「運命とは神様がロールプレイングゲームを
 しているようなものだ」と。
だから悩んで決めた事も
全て神様によって決められた事なんだと。
辛い事を忘れられるのも
神様が必要なアイテムを探してきたんだと。

神様が命の運転をしてるんだね。

神様がゲームの電源を入れました。
→新しい冒険を始める   ピッ!
→キャラクターを作る    ピッ!
→名前を入力して下さい マーチン ピッ!
ヤだな、僕は。

僕だったら
『マーチン』がゲームの電源を入れました。
→新しい冒険を始める   ピッ!
→キャラクターを作る    ピッ!
→名前を入力して下さい マーチン ピッ!
の方がいい。

僕自身が命の運転をしたいね。

自分で決めたことに対して
道筋を結果を振り返り
「これは運命だった」と言うのはまだいい。
でも未来に対して
「運命は決まっている」って言っちゃダメだ。

ゲームですら
マルチエンディングの時代なんだ。
本物の人生は
超超超マルチエンディングだよ。

僕は僕の運転を信じています。
だから
運命は信じているよ。

P.S.アイテムを探すのは君自身じゃないかな?
                                From Martin


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