夢を継ぐ者、託す者

本や映画で見たことがあるシーンです。
「君は夢を託せる若者がいて、幸せだ」

そして、思ったことがあります。
僕には夢を託せる者はいるのだろうか。
それ以前に、託す夢はあるのだろうか。

思っては忘れ、忘れては思い出し……そして、時は過ぎ。
今回、それを強烈に思い出させる、そんな出来事がありました。

◆青森大学の男子新体操部◆

ご覧になった方も、いらっしゃると思います。11月2日(金)放送の「金スマ」で、青森大学の男子新体操部のお話が取り上げられました。まずは、その演技をご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=q4i9o1m6EIo

「本当に、なんて素晴らしい……」としか、僕には言葉がありませんでした。美しい、本当に美しいです。そして、この美しさの裏には、こんなお話があったのです。

青森大学/男子新体操部は、現在では非常に有名なところですが、スタートは以外に遅く、2001年だったそうです。そのとき同好会からスタートしたのですが、その立ち上げメンバーであり、当時のエースだった「大坪政幸さん」は、卒業後の進路についてこう考えたそうです。

「男子新体操を、世界中に広めたい」

女子新体操と違い男子新体操には先の進路がなく、ほとんどの人は大学卒業と同時に新体操をやめてしまう現実があったといいます。しかし、彼は劇団に入って新体操ならではのパフォーマンスをしたり、大学で後輩を指導したり……と「夢」に向かって頑張っておられました。

そんなとき、脳に悪性腫瘍が見つかります。彼は手術を受け、自身が新体操をすることはできなくなってしまうのです。その無念さは…………。

その後、彼は大学で後輩の指導に励み2003年~2007年迄、全国大会で1位。しかし、いよいよ体調が悪化した2008年、後輩の指導ができなくなったとき、男子新体操部は2位となり6連覇を逃してしまったのです。

後輩たちは考えました。
「来年こそは1位を取って、政幸さんを元気づけたい」

それから猛練習が始まるのですが、2009年大会の3ヶ月前……政幸さんは、他界されてしまいます。政幸さんに見てもらうことができなくなった……。でも、後輩たちは、天国の政幸さんに見てもらうために一生懸命頑張りました。それが、あの演技なのです。

政幸さんが大好きだった曲にのせて。

その後、この演技に感動した方がネット上に動画をアップし世界の人が評価。それが、あの有名な「シルク・ドゥ・ソレイユ」の目にとまったのです。その後、後輩たちにオファーがあり、「シルク・ドゥ・ソレイユ」のメンバーとして演技することが叶ったのです。

「男子新体操を、世界中に広めたい」
政幸さんの夢は、叶いました。

夢を託した政幸さん。
夢を受け継いだ後輩たち。
素晴らしい、本当に素晴らしい、お話だと思います。

◆シルク・ドゥ・ソレイユが注目した理由◆

「シルク・ドゥ・ソレイユ」は、ご覧になったことがありますでしょうか?PREMIUMでも、2008年8月号でご紹介していたのですが、東京ディズニーリゾート内で公演されていたサーカスです。

サーカスとは言っても、次世代サーカスとでもいえばよいのでしょうか、素晴らしい舞台で、僕は計2回観に行きました。※残念ながら、昨年2011年末で終了となり現在は行われておりません。

この世界的なサーカスの目に留まったのは、なぜなのか?それは、こうして僕が皆さんに「紹介したい」と思ったこと。心とペンを動かしたこと(キーボードですけど☆)が、その答えなんだろうと思いました。

理屈ではない、言葉でもない。「想い」があの演技からは伝わってくるのです。このお話を知らなくても、あの演技を見たら鳥肌が立つと思います。理由なく、僕は涙が浮かんできました。

政幸さんは夢半ばで倒れられ、さぞ無念だったと……思います。
でも、こうして後から考えると、政幸さんの死があったからこそ、政幸さんの夢は叶ったのだとも言える。そんな気もして、ものすごく複雑な心境でした。

「素晴らしい人は、死して名を遺す」と言われますが、政幸さんは、まさに「死して名を遺した」、素晴らしい人だと感じたのです。

◆自分のためではない、誰かのために◆

YouTubeの投稿欄には、こんなコメントが多数あがっています。
・演技を見て心を動かされました。私も夢を諦めずに努力しようと思いました。
・素晴らしい。青春の力、人間の限りない能力に感動を、力を感じました。
・みなさんの、素晴らしい力に感動いたしました!
・演技をみて涙が止まりませんでした。新体操を見て泣くのは生まれて初めてでした。

そう、あの演技を見ると「僕も、私も、頑張ろう!」と思える。そんな力を与えてくれるように思うのです。後輩たちは、政幸さんのためにあの演技をなさったのだと、僕は感じます。

そして、政幸さんは「新体操を広めたい」という自身の夢のために頑張りました。でも、それは「自分の夢」ではあるけれど、「自分のため」ではありません。言うなら「男子新体操のため」に命を賭して頑張ったのです。

この「自分のためではない、誰かのために(何かのために)やった」ということが感無量の涙を誘っているように感じるのです。

そして、それは、政幸さんたちには遠く及びませんが、僕がお伝えしている「ありがとう法」にも、通じていると感じたのです。天国の政幸さんは、後輩たちの演技を見て、天国で涙しておられたと思います。そして、きっと仰っていたと思うのです。

「ありがとう」

◆生きた証を遺したい◆

よかったら、ぜひもう一度、ご覧になってみてください。
http://www.youtube.com/watch?v=q4i9o1m6EIo

僕はこの演技を見て、「マーチン先生、第二幕」について真剣に考えるキッカケになりました。僕は、夢を託せる人はいないですし、託す種類のものでもないのですが、(2012年現在は、です☆)

「マーチン先生」を知ることで、良い意味で「人生が変わった」、「結婚できた!」と仰ってくれる人がいらっしゃる限り、このお仕事を続けていこうと思っています。

以前、考えたことがありました。
「僕が生きた証って、なんだろう?」

いつか、僕もこの世からいなくなります。そのとき「マーチンが、この世に生きた証って何なんだろう……」と。例えば豊臣秀吉とか、織田信長だと、日本人なら誰だって名前を知っています。だから「彼らが生きた証」は確実にあり、後の世にも残り続けるのです。

……じゃあ、僕は? と。
こんなこと、普通は考えませんかね?☆

「秀吉や信長と比べたら、話にならないじゃんか。僕なんて」と思って元気がなくなっていたときに、親友Iくんがこう言ってくれました。

「けど、ホント。お前は本当に人のためになる仕事をしているよな。まあ、どんな仕事をしても、多かれ少なかれ人のためにはなるもんだけどさ、お前の仕事はそれが如実に表れている。マーチン先生を知ることで、人生変わった人って、何人もいるからなぁ~」

このとき、僕は涙が出ました。別に、悩んでいるとか、そういう話をしていたわけではありません。偶然、本当にたまたま出た話でした。このとき、人生の親友が認めてくれた嬉しさと同時に、「ああ、僕も人のためになってるんだ」と思えて涙が出たのです。

…………。

「マーチン先生」が生まれたキッカケは、「自分のしたいこと、やりたいことを追究した結果」でした。そのときの僕には「人のためになることをしよう」なんて気持ちは1%もなかったのです。(ウソみたいですが、本当の話です)

とにかく、「自分のやりたいこと」を突き詰めたところで出てきた答えがこれだったのです。40代になり「これまでと同じではいかんなぁ」と感じていたところ、僕は「政幸さんと後輩の皆さん」を見て、答えがおぼろげに見つかった気がします。

人生について考えることって、そんなにないと思います。
でも、そんなにないですが、確実にあります。

今日は、そんな1日になって頂けたら……。
政幸さんや後輩の皆さんに恥ずかしくない、
そんな「自分の道」を見つけて、生きていきましょう。

<関連WEBページなど>
大坪政幸さん、個人の練習風景の動画
https://www.youtube.com/watch?v=ppaSVirqk6g

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